昭和42年8月28日 夜の御理解


 今日は期せずして今晩の御祈念に合わせて、久保山さんところのお孫さんのお立ち日、それからあの内田さんのところのお母さん、公子さんのためにはおばあさんの立ち日でもあると云うので、両家からお供え物が準備されて霊様に・・まあご挨拶をしてくれというお届けをさせて貰いましてから今晩の御祈念に合わせて霊様にご挨拶を申し上げた訳でございますが、本当にこの遺族の者、後に残らせて頂いた者が云うなら久保山さんの場合は孫の為に、内田さんあたりは親の為におばあちゃんのためにその日を思い出させてもろうてその御霊をお慰めするということ。それはどういうような信心で言うたら 響きになってくるかと云うと、霊様の喜びもさることながらですね、私は今日そのことを神様にお届けさせてよりましたら、あの神様も非常に喜んで下さってですね、そのことに対して頂くなら、例えて云うならばあのお夕食ならお夕食の前にお夕食前にこんなめずらしいものを頂いたからと云うて良く物を貰いますですね。まあおご馳走を例えば、貰ったと致しましょうか。今晩のご飯の時頂いて下さいと云うて、ね、そして思いもかけないおご馳走にまあ一家中の者が舌鼓を打つ様にです、その位のあの例えば、霊への響きと云うか又は、私共自身のその位の喜びのおかげを頂くことが出来るのです。それが尊い。ですから、それと反対に、あの忘れとったとしましょうか。あら昨日は、おばあちゃんの立ち日じゃったたい。あら昨日は、孫の立ちの日じゃったたいと後でそれを本当の後の祭りと云うのですよ。もう明くる日したからと云ってもう追いつかんです。何故ってもう天地の中にはもうずうっと一つの法則があるのですね。法則と云うか天地の親神様のお計らいと云うものがあるのです。何時、誰のいわば立ち日だと云う様な、ですからもしそれの例えば、これが立ち日なんかじゃなくてあの年忌、お道では式年祭と申しますね。五年、五年の式年祭を致します。それを例えば、日にちを変えたりするならですね、もう少なくとも一ヶ月位前からお届けさせて貰っとかなければいけんです。
 神様に御都合がおありになるですから。例えば旅行中であったという様なことになったら、もうその霊のお祭りも後では出来ないでしょう。ですから、これはお互いが信心させて頂くものが心得ておかなければならないのです。もう「  」ば、だから祥月命日と云った様なですね、あのお立ち日には細やかでも良いから家の、いわば改式してないところならば御仏壇のまわりでも良い、ね。改式しておるならば霊様の前にです、好きなものを一つでも作らせて貰ったり、お茶でも改めてお供えさせて頂いたり、一家の中の者が、いわば霊様をお慰めする様な気持ちが必要なんですね。ですから、今日それはどういうことになるのでしょうかね。あの例えば、それを忘れておったと云う時にはですね、丁度近所からおご馳走を貰うたとしましょうかね。まあ、例えば今日潮干狩に行ったから貝をと云うて、んなら、隣近所から貰ったとしましょうか、はあ、今晩は味噌汁が出来るぞと楽しんでおった。ところがころっと忘れておった。ところがあくる日はも腐って食べられない。と云う位に損じまうです。忘れておると云うことは、今日はそのことを頂くんですよね。
 ですから本当にあのこの慰霊祭と云った様なこと、特に立ち日は、もう内々のお祭りでありましても、その思いと云うものをですね、あいついつは誰の立ち日だと云う風にお茶一つも沸かさせて貰おう、甘い物が好きじゃったから甘い物を、辛い物が好きじゃったから辛い物をと云った様な心配りこそ、神様が喜んで下さると云うこと。そのまま私共の信心を育てる為に、おかげになるだけではなくてですね、霊様は喜んで下さるだけではなくてです、それを例えば、もしんなら、それを忘れておった。しなかったと云うことは、丁度よそから美味しいものを貰うておったのにです、あら忘れておったと云った様なことなんです。
 それが明くる日では食べられん様なことなんですけど、これはもう、食べられんのです。あくる日は。それを又後へ戻したいなら大変な一つの「  」何と申しましょうかね。神様の世界にはですね、例えばあの何と申しますかね、まあ商品券なら商品券が期限が切れたら後は無効になるのと同じことですよね。それを有効にするためには大変な又面倒く手数がいるということなんですよ。ね、だからお互い夢忘れてはならないと思いますね。ということと同時にです、私どもは日日信心のけいこをさせて頂くものが神様を自分の心から外しておると言ったようなことはまたそれと同じようなことが言えると思いますね。信心のあるものとないものは、親のある子とない子ほど違うとおっしゃるのは、ね、金光様の信心をしよるけんでということではありません。自分の心から神様を外さんで頂いておるからこそ親のある子の違いという働きが少しは響いてもくりゃ、頂けもするのですからね。ですから信心させて頂くものの心がけなんですね。特にご先祖のお祭り、またはご先祖の法要といったようなことはいわゆる形ではない、おろそかにしちゃならん、思いを込めてのしかも祥月命日という日は、これはもう公然とですね、天地の親神様のお許しを頂いてその日はお休みが取れれるのです。御霊様も。分かりやすく言うならば。
ね、それを例えば待ちわびておった御霊様が忘れられておって、御霊様が淋しかというか、その嘆きというものを感じるような気がいたします。
それとも別にですね、もう大変な御霊の徳を受けておられるような御霊ならこれは別です。けれども普通でいうあのご遺族の御霊様の中にはそうお徳を受けておられるといったような御霊はざらにはございませんですからね。